百羽のつる

 つめたい月の光でこうこうと明るい、夜ふけの広い空でした。
 そこへ、北の方から、真っ白な羽をひわひわと鳴らしながら、百羽の鶴がとんできました。
 百羽のつるは、みんな同じ速さで、白い羽を、ひわひわと動かしていました。
 首をのばしてゆっくりゆっくりととんでいるのは、つかれている からでした。

 なにせ、北のはてのさびしい氷の国から、昼も夜も休みなしに、飛び続けてきたのです。
 だが、ここまで来れば、行き先はもうすぐでした。楽しんで待ちに待っていた、きれいな湖のほとりに着くことができるのです。
 「下をごらん、山脈だよ。」
と、先頭の大きなつるが、うれしそうに言いました。
 みんなは、いっせいに下を見ました。
 黒々と、一面の大森林です。雪をかむった高い峰だけが、月の光をはね返して、はがねのように光っていました。
「もう、あとひと息だ。みんな、がんばれよ。」
 百羽の鶴は、目をきろきろと光らせながら、疲れた羽に力をこめて、しびれるほどつめたい夜の空気をたたきました。
それで、とび方は、今までよりも少しだけ速くなりました。もう、後が知れているからです。残りの力を出しきって、ちょっと
でも早く、湖に着きたいのでした。
 すると、その時、一番後ろから飛んでいた、小さな子どもの鶴が、下へ下へと落ち始めました。
 子どものつるは、みんなにないしょにしていましたが、病気だったのです。ここまでついて来るのも、やっとでした。
 みんなが、少しばかり速くとび始めたので、子どもの鶴は、ついていこうとして、死にもの狂いで飛びました。
 それがいけなかったのです。
 あっという間に、羽が動かなくなってしまい、吸いこまれるように、下へ落ち始めました。
 だが、子どものつるは、みんなに助けをもとめようとは思いませんでした。もうすぐだとよろこんでいるみんなのよろこびを、
こわしたくなかったからです。
 だまってぐいぐいと落ちながら、小さなつるは、やがて、気をうしなってしまいました。
 子どもの鶴の落ちるのを見つけて、そのすぐ前を飛んでいた鶴が、するどく鳴きました。
 すると、たちまち、大へんなことが起こりました。前を飛んでいた九十九羽の鶴が、いっせいに、さっと、下へ下へと落ち始めた
のです。子どもの鶴よりも、もっと速く、月の光をつらぬいてとぶ銀色の矢のように速く落ちました。

そして、落ちていく子どものつるを追いぬくと、黒々とつづく大森林の真上のあたりで、九十九羽の鶴は、さっと羽を組んで、
一枚の白いあみとなったのでした。
すばらしい九十九羽の鶴の曲芸は、みごとに、網の上に子どもの鶴を受け止めると、そのまま空へ舞い上がりました。
 気を失しなった子どもの鶴を長い足でかかえた、先頭の鶴は、何事もなかったように、みんなに言いました。
「さあ、元のように並んで、飛んで行こう。もうすぐだ。がんばれよ。」
こうこうと明るい、夜ふけの空を、百羽の鶴は、真っ白な羽を揃えて、ひわひわと、空のかなたへ、次第に小さく消えていきました。